職場でのパワハラ

私は、H19年からシューズショップに勤務していました。  入店時はアルバイトだったのですが、H20年12月に当時の店長が定年退職されるのを期に社員採用になり、チーフが店長代理となって運営していました。

H22年の4月に、派遣社員として現店長が赴任して来て、暫くは何事も無く過ぎましたが、1ヶ月程経過した5月26日に事件が起きました。

店長が接客していた時、精算の際にトラブルが起こり、補助に着いていた私は本社からの指示通りの対処法を伝え、その場は無事済んだのです。しかし、暫くすると店長に呼ばれ「さっきの対応はどういう事か?」と訊かれ、「全スタッフが実行している本社からの対応法をお伝えしました」と伝えると、「納得出来ない。会社の信用に関わる大問題だ。直ちに始末書を書く様に」と言われ、何を言っても聞き入れて貰えず、納得出来ないまま書いてしまいました。

終業時間になり、帰宅準備をしていると店長が来て「職場での”言葉遣い”についての誓約書を書く様に」と言われ、私だけか?と尋ねると、全員に書いて貰うとの事だったので渋々書いたのですが、後日、私だけに書かせていた事が判りました。

その日から私に対する『パワハラ(言葉の暴力と不平等な扱い)』が始まり、何かにつけて風当たりがキツクなり、同僚に愚痴を零しながら耐えていました。日増しにエスカレートしていき精神的にいき詰まり、前店長に相談した所「いざという時の為に、日々の出来事(言われた事等)をメモする様に」とアドバイスを受け、それでも足りなくなってからは録音もし、我慢の限界が来たH23年5月に、本社の上司にコピーを送り相談しました。

数日後の本社会議で店長の言葉遣いに対する指導が有り、言葉は緩和されました。しかし私への扱いは変らず、更に増長し、上司からの店長の態度についての問い合わせが有る度「言葉以外は何も変らない」と訴え続けました。「指導はしているが、メモやCDにはパワハラに匹敵する様な言葉は見当たらない」の返答のみで改善は無く、その後も店長は自分のミスは棚に揚げ、他のスタッフのミスには寛容なのに、私の業務ミスのみを本社に報告し続け、ある日、私宛の『業務改善命令書』が本社から届きました。

私は途方に暮れ、労働基準監督署に相談に行きました。『パワハラ』は管轄外で充分な対応が出来ないと言われ、日を改め労働相談所にも行き、アドバイスを受けながら勤務し続けていました。12月に入って本社から「12月×日に、本社に出頭する様に」という指示書が届き出向いた所、人事マネージャーから『退職勧奨』を言い渡され、体は震え、冷や汗が流れ頭がまっ白になりました。返答には3,4日猶予を与えると言われ、帰りの飛行機内では涙が止まりませんでした。

再度、労働相談所に報告・相談に行った所、担当の方が「貴方の現状に充分に対応する為には、労働組合の方が良い」とのことで、その日、管理職ユニオン・関西を訪ねました。今迄の経緯を説明し、その場で加入し、勧奨の返答の対応策を教えて頂きひと安心ました。 

返答の期日にドキドキしながら電話をし、組合に加入した事を伝え、教え通りに答えたら逆切れされ、夜中迄、延々2時間責め続けられました。もう暫く時間を与えるからもう1度考える様にと言われ、電話を切りました。翌日、担当執行委員に経緯を報告に行くと、即会社に電話を入れ「彼女はうちの組合員だ。退職勧奨は受けない。即刻取り下げろ。今後は組合として対応させて貰う」と一喝して下さり、会社はその電話で「退職勧奨」を取り下げました。とても心強かったです。そして、今後の職場での心の持ち方や対応の仕方等を教えて頂きました。

しかし、その後も店長の態度は変る事無く、厳しい状況の中での勤務が続き現状改善の為の会社、店長、組合、私の4人での団交を申し入れ、H23年1月×日に団交を行いました。当日、店長の姿は無く会社の人事、営業のマネージャー、直属の上司の店舗管理担当の3名での出席でした。この日は双方の言い分を伝え合い、店長との直接面談の場を改めて持つ様再要求し、会社はそれを約束し終わりました。ミーティングという形で、日程は1月×日に決まり、会社2名と店長に私1人で臨んでみる事になり参加しましたが、店長は私が訴える『パワハラ』に対し「憶えが無い」の一点張りで、ことごとくシラを切り、3対1で追い詰められ、成す術も無く、話し合いには程遠い意味の無い結果に終わってしまいました。

2月に入り、本社から再度「2月×日に来社する様に」という指示が届き、今度は遠方の××県××市への『転勤命令』を言い渡され、「家庭の事情で遠方への転勤は出来ない」と答えると、「場合によっては検討するので、拒否する明確な理由を提示する様に」と言われた事を担当執行委員に報告し、再度、店長、組合を交えての団交の申し入れをして貰いました。当日、やはり店長の姿は無く、追求すると「今回の辞令は本人の業務能力に対するもので、店長との事は一切無関係で面談の必要は無い」と約束を破棄し、私に対する報告書を読み上げ、証拠不十分と『パワハラ』の存在を否定し、今後も店長との接見も考慮しないと言われました。そして転勤については月末迄に理由の報告をするという事で話が終了したにも関わらず、当方の連絡を待たず、28日に人事から「3月1日付けで異動」の辞令を出したので、準備を進める様にと連絡が入りました。辞令を断れば業務命令違反で私を『解雇』に出来ると非常手段に出て来たのです。会社は私との交渉が始まって以来、ずっと弁護士に相談しながら先手先手を打って来ている様でした。そこで、業務命令違反を回避するため3月からストライキに突入しました。

その後もこちらから日を指定し団交の申し入れをしましたが、期日を過ぎても返答が無く、問い合わせをすると、担当の人事マネージャーが無連絡のまま退社していました。何時も担当とは名ばかりの決定権の無い人材ばかりが参列しては話を持ち帰り、後日返答するの繰り返しで時間が経過するばかりで中々進まないのに、これで更に長引くのかと焦りました。数日後、引継ぎ担当の総務から、団交の日程を延期して欲しいとの連絡が有り2週間先延ばしになり、当日、総務、営業の2名が参加しました。こちらの要求を一切受け入れようとする姿勢が見られず、「これ以上は時間の無駄だ。そう言う態度なら決裂と見なし、抗議行動をさせて貰う」と席を立った時、「これ以上の長期化はお互いに不利益なだけ。最短解決法は『金銭的解決』だが、当方から金額提示は出来ない。そちらから提示して欲しい。」と言われ、後日、要求提示をしましたが、会社からの答えは案の定「応じられない」で、会社に好都合な一方的な内容の和解文を送り付けて来ました。

その後も、電話やFAXでのやり取りを繰り返しながら、団交もしましたが折り合わず、
平行線の攻防が続く中、「次回の団交はサポートに回るので、自分で直接、現状への不満をブチマケテみては?」と担当執行委員から提案がありました。実行した所、今迄とは違う<手応え>の様な物を感じた気がしましたが、結果は変らず『最後通告』の様な文章が届いたのです。組合事務所から電話で再度、抗議の直談判(あくまでも態度を変えないのなら,非人道的な会社だと社会に訴え、訴訟も考えている)をし、相手に有無を言わさず電話を切ると言う強行手段に出、今度はこちら側の和解提案文を送りました。それが功を征したのか、数日後、経過確認の電話をしてもらったら「会社が折れた」と返答が有り、8ヶ月に渡る交渉が終結しました。

結果は100%納得のいくものでは有りませんが、会社の余りにも強行な態度に、自分のしている事は正しいのか?と不安に苛まされ、何度も心が折れそうになった時も、執行委員のいつも私の気持ちを第一に考え、寄り添い、毅然とした態度に励まされここまで辿り着けた事、組合の方々やこれまでに関わって頂いた全ての方々に感謝の気持ちで一杯です。

再就職と言う問題も有り、まだまだ前途多難ですが、今は満足感・充実感で満たされています。今後はこの貴重な体験(今回学んだ事・諦めない気持ち等)を、誰かの為に役立てればと思っています。本当に有難うございました。
組合員 F